津波

津波防災情報マップは、津波が予想される場合や発生した場合に、市民の皆さんの自主的な避難行動を支援し、
津波災害から人命を守るとともに、被害を最小限とすることを目的として作成しています。
防災情報マップには、津波のおそれがある区域や避難所の位置を地図上で明らかにするとともに、津波に関する知識を掲載しています。

過去に神奈川県沿岸に来襲した記録等がある既往津波

 鎌倉は、過去に大きな地震とそれに伴う大津波に数度襲われたといわれます。 過去の地震は古記録からすると、それぞれの前後で連続して地震が発生したことや、鎌倉及びその周辺地域で甚大な被害があったと考えられます。

過去に神奈川県沿岸に来襲した記録等がある既往津波


鎌倉市における津波災害

 大正12年(1923) 9月1日、午前11時58分45秒、震度7クラスの烈震が関東南部で発生し、一瞬のうちに鎌倉全域に激甚被害を及ぼしました。

 『鎌倉震災誌』(昭和6年 鎌倉町役場刊)によれば、当時の被害は鎌倉町で全壊1,455戸、半壊1,549戸、埋没した家8戸。さらに津波による流失113戸、地震直後の火災で全焼が443戸にのぼり、半焼は2戸で、死者412名、重傷者341名を数えました。大船方面(小坂村・玉縄村)の被害は全壊450戸、半壊80戸、死者18名、負傷者は23名。腰越津村の被害は全半壊合せて310戸、死者70名でした。 

  • 坂の下の津波跡
    (鎌倉市中央図書館蔵)

  • 七里ガ浜
    (鎌倉市中央図書館蔵)

 古老の話によれば腰越にも津波が来襲し、それによる死者も数名あったとのことです。深沢村もかなりの被害を蒙ったようですが、詳細は不明です。
 津波は第2震の前後2回にわたって来襲しました。被害は1回目よりも2回目の方がはるかに大きく、海水は急激に引き、やがて沖合から黒光りした大波が押し寄せたといいます。とくに坂ノ下では、稲瀬川付近で第2震のおよそ20分後沖合から大波が大音響を立てて来襲し、護岸や多くの家屋が流されたと伝えられています。


材木座付近(光明寺相聞前まで津波は来襲)
(防衛省防衛研究所蔵)